南箕輪村のことで知りたいことが出来た時に参考にしている言語されたモノを紹介します。
(さらに…)カテゴリー: その他
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回覧板あれこれ
南箕輪村内における回覧板のあれこれをお伝えします。
アナログとデジタル
南箕輪村はアナログの回覧板をまわす文化は継続中です。
自治会は12区に分かれており、さらに区の中で組に分かれていて、組の総数は210ほどとなっており、各組でさらに分かれて回覧板をまわしています。
また、デジタルの回覧板をおこなっている区もあります。
どこでも回覧板としてデジタルの運用が始まっています。
回覧板は有料?
回覧板はもちろん無料ですが、何度も回しているうちに痛んでしまった回覧板は村で無料で交換をしていますので、ご遠慮なくお申し付けください。
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幻の街道:春日街道の名前の由来とは
南箕輪村の村民にとって欠かせない道路といえば、春日街道ですが、その名前の由来はご存知でしょうか。
工事奉行の春日淡路守
春日街道は、慶長6年(1601年)に着工し、慶長13年(1608年)頃に完成したと伝えられています。
飯田城主・小笠原秀政の転封に伴い、松本と飯田を結ぶために整備された道であり、工事奉行を務めた春日淡路守の名がその由来と言われています。
従来の伊那街道より西側に築かれたこの道は、軍事・経済の両面で重要な役割を担っていたと考えられています。
大泉には宿場も整備され、約700メートルにわたり計画的に家屋が配置されるなど、当時としては大規模な事業でした。
やがて「幻の街道」となる
しかし、この街道は長く主要路として使われ続けたわけではありません。
深い森林の中を通る道であったため、昼でも暗く、盗賊が出ることもあったといわれています。
また、道順の不便さなどから宿場は北殿へと移され、役割は次第に変化していきました。
さらに、大泉では火災などにより古い記録が失われ、春日街道は「伝承と痕跡のみが残る道」となっていきます。
こうして、いつしか「幻の街道」と呼ばれるようになりました。
地形に刻まれた「並行する歴史」
現在の地形を見てみると、興味深い重なりが見えてきます。
・西側に中央自動車道
・その東側に西天竜水路
・さらに東に春日街道の痕跡
・そして、より東に古代の三州(伊那)街道いずれも南北方向に、ほぼ等高線に沿って並んでいます。
時代は異なっても、人は同じ地形を選び、同じように道や水路を築いてきた。
その積み重ねが、現在の風景を形づくっています。
現在、そしてこれから
現在の春日街道は、バイパス整備などを経て、自動車が行き交う道路へと姿を変えました。
一方で、その下には、かつての宿場や人々の営みが確かに重なっています。
西天竜水路もまた、今なお地域を支え続けています。
おわりに
先に道があり、後に水が流れ、その両方が地域の暮らしを支えてきました。
春日街道と西天竜水路は、時代こそ異なりますが、どちらもこの地に生きた人々の知恵と営みの結晶です。
目に見えるものは変わっても、その重なりの中に、地域の歴史は確かに息づいています。
おわり
参考文献
- 南箕輪の史跡の話
- 南箕輪の史跡
- 斜面環境山の辺の道 「2」中央自動車道と権兵衛街道
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