伊那美術協会100周年

伊那美術協会が創立100周年を迎えられました。長野県内において、上伊那地域は美術活動が盛んな地域の一つと伺っております。

授賞式では、南箕輪村にゆかりのある方々も多数登壇されており、地域の芸術文化の厚みを改めて感じる機会となりました。

伊那美術協会 百年の歩み

伊那美術協会の歩みは、大正13年(1924年)、牛越先生、武内政和氏、中村正見氏をはじめとする10名により設立された「黒百合会洋画展」に始まります。

その後、昭和6年(1931年)には、小松宇太郎氏、松尾紀男氏、塚越栄一氏らによって「集団ソリッカ協会」が設立され、顧問には中村不折氏、中川紀元氏といった著名な美術家が名を連ねました。

昭和8年(1933年)、この二つの団体が統合され、「伊那美術協会」が発足。初代会長には伊藤真之助氏が就任し、本格的な地域美術活動の礎が築かれました。

昭和30年(1955年)には会員数30名、会長は佐藤雪洞氏が務め、昭和32年から34年(1957〜1959年)には安川保氏が会長を引き継ぎました。当時の日本美術界では抽象画が全盛を迎えていましたが、伊那美術協会では日本画や水彩画が主流であり、地域の特色が色濃く反映されていました。

昭和40年代に入ると、講習会などの勉強会が活発に行われ、グループ展が発足。作品の大型化が進み、美術表現の幅が広がっていきました。

昭和47年には「三彩展(如月会)」、翌48年には「虹の会(スリーMの会)」や「潮陽会」が発足し、多彩な活動が展開されます。

昭和50年代(1975年以降)には、中央展への出品も始まり、「伊那美術協会50年誌」が発行されました。会員数は138名に達し、安川保氏、白鳥弘氏、熊谷茂雄氏、北原昌氏、瀬戸団冶氏、中村竹男氏など多くの作家が活躍しました。
また、「アカシア」(箕輪)や「伊那女性展(翔展)」、「虹の会(再発足)」など、グループ展も次々と誕生しています。

昭和60年代(1985年以降)には、公民館活動や美術教室が活発化し、写実から具象、さらには抽象へとモチーフも多様化していきました。

平成6年(1994年)には「伊那市民美術会 70年誌」が発行され、会員数は203名に。
平成12年(2000年)には、伊那美術協会と信州美術会伊那支部が合併し、伊那美術協会の中に伊那支部を置く形で組織の統一が図られました。

その後も組織運営の見直しが進み、平成13年(2001年)からは平面作品の1・2部を合同で審査、平成15年(2003年)からは審査員を各部の投票により選出、平成23年(2011年)にはその投票を「参考」として選考する方式へと改められました。

平成16年(2004年)には、第80回記念伊那美術展において、高校生を対象とした「ジュニア部」の募集が始まり、初回には29点の応募がありました。

また、平成17年(2005年)にはホームページが開設され、現在に至るまで更新と管理が続けられています。
平成18年(2006年)には「権兵衛トンネル開通記念展」として木曽方面から招待作家11名の作品を展示し、交流を深めました。

平成20年(2008年)には、伊那支部から信州美術会の副会長として柴田久慶氏が就任し、さらに活動の幅が広がりました。

第100回伊那美術展 受賞者

第100回伊那美術展では、南箕輪村の方も多く受賞されておられます。おめでとうございます。

  • 第100回記念一般大賞 丸山俊太郎氏「木枯し」
  • 伊那市長賞 加藤博美氏「宙に還る」
  • 伊那市教育委員会賞 増田有香氏「いくみち かえるみち」
  • 久保田俊彦氏「流れに還る」
  • アイファースト賞 入戸華乃子「星を追って」

伊那美術協会のウェブサイトでゆくゆく鑑賞できるようになると思います。

https://inabi.sakura.ne.jp