内外情勢調査会主催「決断力を磨く」羽生善治氏講演会 報告
内外情勢調査会主催による「決断力を磨く」と題した羽生善治氏の講演を拝聴しましたので、その様子を報告いたします。
はじめに
普段は黙っている時間が長いが、今日はたくさん話すことを楽しみたい。
何手先まで読んでいるのかとよく聞かれる。諸先輩の中には「2,000手」と言う方もいるが、本当かなという感じがする。
私は「直感」を使っている。80通りの可能性の中から、直感で2~3手に絞っている。例えばカメラ撮影の際に構図を決めるように、過去の経験と照らし合わせて判断している。
すなわち、経験の集大成こそが直感である。
直感と読みを組み合わせて進めると、可能性が掛け算的に膨大になる。10手先であれば3の10乗、すなわち約6万通りにもなる。これは人間の得意とするところではない。
そうなると、決断できない状況に陥る。そのために「大局観」を使う。これは「木を見て森を見ず」の反対の意味である。
大局観の利点は、無駄な考えを省けること。大局観によって「積極的に攻める」など方針を定められる。
比重や割合は年代とともに変化する。若いうちは読みが中心、中堅になると直感や大局観など、言語化や数値化が難しいものを多く用いるようになる。それぞれにメリット・デメリットがある。
読みは着実で堅実、間違いが少ない。一方、膨大な可能性を前にすると限られた範囲しか考えられない。
直感や大局観は正確性に欠けるが、方向性や全体像を捉えられる。
「長考に好手なし」。
直感・読み・大局観、この3つを使えば30分ほどでおおよその見通しがつく。だが、最終判断に迷うことで時間が過ぎてしまう。最初の30分は論理的だが、それ以降は心理的不安や感情のもつれなど、余計な要素で時間が消える。いわば「煩悩の時間」である。
4時間考えたこともあるが、5秒で決断しても同じ結果だった。
答えがない局面もある。分からなくても決断できるときは、調子が良い証拠である。
運やツキ、バイオリズムなど、目に見えないが確かに存在するものもある。
「ゲン担ぎをしますか」とよく聞かれるが、私はしない。ツイている・いないに一喜一憂すると、どんな場面でもベストを尽くすという姿勢が薄れてしまうからである。
結果が出ていない、うまくいかないときは気になるのが人情。そんな時は、まず「不調なのか、実力なのか」を確かめる。不調が3年続けばそれは実力である。事実を真摯に受け止め、次の機会に向けて努力する。
不調の場合は、やっていることは間違っていないが結果が出ていない。1か月、3か月たたないと成果は現れないと考える。方法は変えず、気分の落ち込みへの対処を重視する。髪型を変える、部屋を模様替えする、新しい趣味を始める、生活の中に小さなアクセントを加えることで、不調期を乗り越える。
モチベーションについて。最近のスポーツ選手のインタビューでは「楽しんでやりたい」という答えが多い。本当にその通りだと感じる。リラックスして楽しんでいるときは、無駄がなく、物事が円滑に進む。
ただし、どんな状況でもリラックスできるわけではない。そんな時は「最悪ではない」と考える。最悪は「やる気がない」状態。プレッシャーを感じているのは、やる気がある証拠。プレッシャーがかかるときは「いいところまで来ている」と判断できる。
冷静に客観的に見れば、いい位置にいるからこそプレッシャーがかかる。高跳びでも、1mではプレッシャーはない。限界に挑むからこそ感じるものだ。
締切の3日前でないと原稿を書かない。締切という名のデッドラインに身を置くことで、追い込まれ、集中力が開花する。
「いい緊張」と「悪い緊張」がある。悪い緊張は「身が強張る」、良い緊張は「身が引き締まる」。ほどよく心地よい緊張感を保つことが大切である。
記憶について
棋譜を最初から最後まで正確に記憶することは難しくない。歌や音楽を覚えるのと同じで、瞬時に思い出して再生できる。
基本フォーマットを覚えておけば、テンポとリズムで再生できる。幼稚園児の棋譜は斬新な手ばかりで覚えにくい。
盤面を5秒で覚える方法では「塊」で捉える。将棋の駒を寿司に置き換えた実験では覚えられなかった。意味のない塊として見えてしまうためだ。
データ化された対局は1分で全体を見られるが、すぐに忘れる。記憶を定着させるには、実際に駒を並べるなど五感を使うことが有効である。
似て非なるものを覚えるのは難しい。歩の位置が1つ違うだけで展開が大きく変わる。
忘れたことを思い出せるのも、五感を使って記憶を定着させた経験があるからだと感じる。
ミスや間違いについて
1年のうち完璧に指せた日は1~2回。ほかは必ず反省点や改善点がある。ミスを重ねないことが大切。ミスの後は慌てや動揺で冷静さを失い、さらに誤りやすい。
「血の気が引く」というより、「血が逆流する」ほどの感覚になる。ミスが続くのは、次の局面の難易度が上がっているからでもある。
そうならないために「一服」する。ミニブレイクや深呼吸で冷静さと客観性を取り戻す。
もし初めてその局面を見たらどう判断するか――そう考えると、一貫性を取り戻せる。
反省と検証を後回しにしてはならない。目の前の状況を打開することが最優先である。多くの場合、ミス直後に反省に入ってしまうが、まずは現状打開に集中する強い意志が必要。
ミスは避けられない。大切なのは「どう付き合うか」である。
集中力と持続力について
集中力は誰にもある。子どもは次々に興味が移るが、長く集中できることは上達や習得につながる重要な要素である。
自分の中に「物差し」を作っている。2週間で竹馬に乗れた、1か月で一輪車に乗れた――そうした経験が物差しとなる。
短いものから長いものまで、物差しを持つことで自分と向き合える。長い物差しを持つほど耐える力がつく。培った集中力と持続力は、目の前の課題に向き合ううえで大切であり、撤退を見極める判断にも役立つ。
AIについて
「3手の読み」で、2手目の予測を間違えるとその先はすべてずれる。相手の立場に立って考えることは非常に難しい。価値観がわからないためだ。
選択肢を評価するという点で、AIは多様な価値基準を扱うため評価が難しい。30年前は不可能だったが、この20年で機械学習やディープラーニングが進化した。AI同士が自己対戦を繰り返し、3,000万局を経験。人間が10万局とすれば、その300倍の経験値である。
AIは大局観や直感に似た判断ができるようになり、強くなっていった。人間のセオリーと異なる点もあるが、共通する部分も多く安心した。
AIが完璧な答えを出すわけではない。株式市場の動きにも似ている。私はセカンドオピニオン的にAIを活用している。一人では視野が狭いが、三人寄れば文殊の知恵。AIは人間の思考の外側を見せてくれる。
創造性についても、AIにはAIにしかできない創造があり、人間には人間にしかできない創造がある。AIは評価の低い手を枝切りしてしまうが、その中に人間だけが拾える十手先の可能性がある。
「教える人が不要な時代が来るのか」という問いもある。感の良い人ならそうかもしれないが、全員がそうではない。
AIには量では敵わない。棋士として生き残れるのか――本質的に考えざるを得ないテーマである。
人間とAIの違いは「歴史」である。AIは過去にこだわらないが、人間は歴史的ストーリーに意味や価値を見いだす。
また、人間は少ない情報から学び、推論できる。AIが学べていないことを、人間がまず学ぶことが重要である。
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